「ツァイガルニク効果」として広まったのは別の効果だった

未完了のタスクほど記憶に残りやすい。そう信じられてきたツァイガルニク効果は、発見当初から再現が困難だった。2025年のメタ分析が示した結論とは。

「ツァイガルニク効果」として広まったのは別の効果だった
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ビジネス書の定番アドバイス

「キリの悪いところで仕事を終えると、次に取りかかりやすい」「中断したタスクの方が記憶に残る」——ビジネス書や自己啓発書でよく見かけるこうした助言の根拠とされるのが、ツァイガルニク効果という心理現象だ。マーケティングの世界でも「続きはWebで」といったティーザー広告や、プログレスバーによる「あなたのプロフィールは64%完成しています」という表示など、この効果を応用した手法が広く使われている。

しかし、この広く知られた心理効果には、あまり語られない問題があった。実は発見当初から、再現が極めて困難だったのだ。

レストランでの観察から生まれた仮説

ツァイガルニク効果は、1927年にソビエト連邦の心理学者ブルーマ・ツァイガルニク(Bluma Zeigarnik)によって提唱された。きっかけは、ベルリンのレストランでの何気ない観察だった。指導教官であったクルト・レヴィン(Kurt Lewin)とともに食事をしていたツァイガルニクは、ウェイターが未払いの注文を正確に覚えているのに、会計が済むとすぐに忘れてしまうことに気づいた。

この観察をもとに、ツァイガルニクは実験を行った。教師、学生、子どもなど164名の被験者に、パズル、粘土細工、箱の組み立てといった約20種類の簡単な作業を順次行わせる。そのうち半分は完了させ、残り半分は途中で中断させた。実験後、被験者にどの作業を覚えているか尋ねたところ、未完了タスクは完了タスクよりも約90%よく思い出されたという。

レヴィンの「場の理論」によれば、目標に向かう時は心理的な緊張状態が持続し、達成すると解消される。未完了タスクは「準欲求」として緊張状態を維持し続けるため、記憶の保持が促進されるという説明だった。

最初から再現できなかった

ところが、この印象的な発見は、追試で再現することが困難だった。そしてその兆候は、驚くほど早い段階から現れていた。

1930年、発表からわずか3年後に、ヴァルター・シュローテ(Walter Schlote)がツァイガルニク効果に否定的な報告を出している。1951年には、カール・I・ホブランド(Carl I. Hovland)が「ツァイガルニクの発見を明確に再現できた研究者はほとんどいない」と指摘した。そして1964年、E・C・バターフィールド(E. C. Butterfield)が発表した文献レビューは衝撃的だった。ツァイガルニク効果を示すことを意図した44の研究を調査したところ、実際に効果が確認されたのは3分の1未満だったのだ。

なぜ再現できないのか。研究者たちは、効果が個人差や状況に大きく依存することを発見していった。達成欲求の高い人は効果が出やすく、志願者は義務参加者より効果が強い。実験者の権威が高いほど効果が強まり、競争的な状況では結果が劇的に変化する。

アルフレッド・J・マロウ(Alfred J. Marrow)の実験は象徴的だ。中立的な説明では効果は微小だったが、「アメリカ人学生の方がドイツ人より優秀」と告げると効果が劇的に増加し、「ドイツ人の方が優秀」と告げると逆の結果になった。つまり、ツァイガルニク効果は普遍的な記憶の法則というより、動機づけや状況に左右される不安定な現象だったのだ。

それでも、この理論は広まり続けた。直感的に分かりやすく、ビジネスやマーケティングの事例に当てはめやすかったからだろう。

2025年、メタ分析が出した結論

2025年7月1日、ベルン大学のロマン・ギベリーニ(Romain Ghibellini)とベアト・マイアー(Beat Meier)は、Humanities and Social Sciences Communications誌(Nature系列)に、ツァイガルニク効果とオブシアンキナ効果に関する包括的なメタ分析を発表した

研究チームは、過去の59本の論文を統合的に分析した。ツァイガルニク効果に関する38本の研究を検討した結果、未完了タスクと完了タスクの記憶率の比は0.99、つまり差がなかった。中断タスクが全体の記憶に占める割合は49.16%で、むしろ完了タスクの方がわずかに記憶されていた。

論文は明確に結論づけている。「未完了タスクの記憶優位性は確認されなかった」。

ただし、興味深い発見もあった。中断されたタスクを自発的に再開する傾向——オブシアンキナ効果——は、67%という高い確率で確認されたのだ。

正体はオブシアンキナ効果、「記憶」ではなく「完遂への欲求」

オブシアンキナ効果は、ツァイガルニクの同僚だったマリア・オブシアンキナ(Maria Ovsiankina)が1928年に発見した現象だ。中断されたタスクを自発的に再開しようとする傾向を指す。

メタ分析の結果が示唆するのは、ツァイガルニク効果とされてきたものの正体が「記憶の優位性」ではなく、能動的な「再開への衝動」だった可能性だ。

レヴィンの場の理論に立ち返れば、中断は「緊張(Tension)」を生む。この緊張は、単に情報を脳内に留める(記憶する)ためだけに働くのではなく、「緊張を解消するために行動を起こさせる」という強い力を持つ。つまり、人は中断されたタスクを「覚えているから再開する」のではなく、「気持ちが悪いから(緊張を解くために)再開せずにはいられない」のだ。

この区別は、ビジネスやマーケティングの世界で広く使われている「ツァイガルニク効果」を理解する上で重要だ。実は、ビジネス書やマーケティング記事で紹介される応用例の多くは、オリジナルの研究から大きく拡大解釈されている。

プログレスバーが「64%完成」と表示する時、マーケターが期待するのは「ユーザーがそのサービスの存在を覚えていること」だけではない。「100%にしてスッキリしたい」という行動へのドライブがかかることだ。

「続きはWebで」が機能するのも、それが記憶に残るからではない。情報の空白が生む緊張状態が、私たちに「検索する」「クリックする」という具体的な行動を促すからだ。ビジネスの現場で本当に価値があるのは、静的な「記憶」よりも、この動的な「行動への圧力」だったはずだ。

つまり、これらのマーケティング手法が実際に利用しているのは、ツァイガルニク効果(記憶優位性)ではなく、オブシアンキナ効果(完了したい気持ち)なのだ。この2つの効果は、1920年代から混同されてきた。そして、ビジネスの現場では今もその混同が続いている。

ツァイガルニク効果の方が圧倒的に有名になり、オブシアンキナの名前はほとんど知られていない。実際に機能していた効果を発見したのは彼女だったにもかかわらず、だ。科学史において、誰の名前が残るかは、必ずしもその貢献の大きさとは一致しない。

なぜ今も「有効な手法」として語られるのか

Nature系列の学術誌に掲載されたこの研究結果だが、一般のメディアではほとんど報じられていない。一方で、2025年7月以降もビジネス系のブログやマーケティング記事では、引き続きツァイガルニク効果が「実証された効果」として紹介され続けている。なぜこの乖離が生じているのか。

一つには、実用的には「効く」ように見えるという事情がある。プログレスバー、「続きはWebで」、虫食きタイトル——これらのマーケティング手法は確かに機能する。ただし、それは記憶優位性(ツァイガルニク効果)ではなく、完了したい気持ち(オブシアンキナ効果)を利用しているからだ。効果の理由が違っても、実務では結果が出ていれば十分なのかもしれない。

また、すでに定着した知識を修正するのは難しい。「ツァイガルニク効果が存在しない」という単純な話ではなく、「記憶優位性は確認されなかったが、動機づけの効果は存在する。そして、ビジネスで使われているのは実は後者」という微妙な内容は、伝わりにくい。マーケティング業界では「ツァイガルニク効果」という言葉が共通言語として定着しており、その指す内容が学術的定義と異なっていても、実務上の支障は少ない。こうした実用性の高さもあって、有名な効果ほど、修正情報が一般に届きにくい傾向がある。

科学を利用するなら、科学に誠実に

ツァイガルニク効果をめぐる90年の歴史が示すのは、魅力的な理論が広く受け入れられることと、それが科学的に正しいこととは別だという事実だ。

では、ビジネスやマーケティングの現場で「ツァイガルニク効果」という言葉に出会ったら、どうすべきだろうか。

「実務上問題ない」「結果が出ていれば十分」——そう考えるのも無理はない。ツァイガルニクと呼ぼうがオブシアンキナと呼ぼうが、プログレスバーは機能し、「続きはWebで」は人を惹きつける。名前が違うだけで、本質は変わらないように見える。

しかし、科学的知見を商業的に利用する以上、その根拠となった研究に対して、最低限の誠実さを持つべきではないだろうか。90年前の発見を、今も自分たちのビジネスの正当化に使っている。ならばその発見が何だったのか、どう修正されたのかを知る責任がある。

概念の混同は、学術界だけの問題ではない。ビジネス書を書く人、マーケティング研修を行う人、現場で施策を設計する人——それぞれが、少しずつ正確さを欠いた情報を次に渡してきた結果が、今の状況だ。だからこそ、変化は現場から始められる。次に「ツァイガルニク効果」という言葉を使う時、あるいは誰かに教える時、一言添えることができる。「正確には、記憶ではなく動機づけの効果なんです」と。


English version is available on Medium: The Zeigarnik Effect Was Misidentified All Along | Ki to Oku Annex